第268回相続コラム 最新の裁判例から見る相続回復請求権と取得時効との関係【最高裁第三小法廷令和6年3月19日判決】

相続コラム

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第268回相続コラム 最新の裁判例から見る相続回復請求権と取得時効との関係【最高裁第三小法廷令和6年3月19日判決】

第268回相続コラム 最新の裁判例から見る相続回復請求権と取得時効との関係【最高裁第三小法廷令和6年3月19日判決】

令和6年3月19日に、相続回復請求権と取得時効との関係について最高裁で興味深い判例が示されました。今回のコラムでは、相続回復請求権について説明するとともに、判例の内容について解説したいと思います。

 

相続回復請求権とは

相続回復請求権とは、本来相続権を有する真正な相続人が、相続人であると称して相続権を侵害している者に対し、自分が正当な相続人であることを主張してその侵害を排除し、相続権の回復を請求する権利のことをいいます。

簡単に言うと、相続回復請求権は、本当の相続人が、相続人として振舞っている、いわばニセモノの相続人から、遺産を取り返す権利と言えます。

 

相続回復請求権を行使できる人

相続回復請求権を行使できる人は、正当な相続人、つまり真正な相続人となります。

真正な相続人から相続分を譲り受けた相続分の譲受人や包括受遺者も、真正な相続人に準じる者として、相続回復請求権を行使することができます。また、遺言執行者や相続財産管理人も、その職務の遂行上必要となるため、相続回復請求権の行使が可能とされています。

 

相続回復請求権を行使される人

相続回復請求を行使する相手方は、相続人として振舞い、相続人の権利を侵害している者となります。この者を専門用語で『表見相続人』と言います。

表見相続人の例として、下記のような者が該当します。

●相続欠格・廃除により相続権を失っている(元)相続人
●事実と異なる出生届や認知届、無効な養子縁組により、本来は被相続人との間には親子関係がないにも関わらず、相続人として振舞っている者
●偽装結婚などの無効な婚姻によって配偶者となっている者
●自身の相続分を超えて相続権を主張し、遺産を占有している共同相続人

上に挙げたような者の中で、占有管理する相続財産について、自己に相続権があるものと信じるべき合理的な事由がある者のみが表見相続人となります。

仮に、全く無関係の赤の他人が、遺産を占有している状況があった場合には、そのような占有者は、単なる不法占有者にあたりますので、相続回復請求権ではなく、通常の妨害排除請求や返還請求などで対応します。また、表見相続人からの譲受人がいた場合にも、相続回復請求権の相手方とはならないため、個別に財産の取戻しを行います。

余談ではありますが、相続回復請求権の相手方である表見相続人にあたる者は、非常に狭く限定的であるため、実務上、相続回復請求が問題となるケースは稀となります。

 

相続回復請求権には短い時効がある

相続回復請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年、または、相続開始の時から二十年で時効によって消滅します。

相続回復請求権には、上記のような短い期間の時効があるのが特徴となります。

民法第884条
相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。

例えば、土地を不法占拠されており、その不法占拠者に対して所有権に基いて、物件の明け渡しを行う際には、所有権が時効によって消滅するということはないので、半永久的に妨害排除や物件の明け渡しを請求することができますが、占有者が表見相続人であり、侵害を排除する手段が相続回復請求権の対象ということになると、消滅時効によって請求できなくなる危険性があるということになります。

ただ、表見相続人となるためには、自身が占有管理する遺産について、自身に相続権があるものと信じるべき合理的な事由が必要なため、相続権を侵害している事実を認識していたり、侵害の事実を認識していなかったとしても、認識していないことについて過失のある場合には、その者は表見相続人ではなく、単なる不法占有者といえるため、通常の妨害排除請求等により、真正な相続人は権利を回復することができます。

 

相続回復請求権と取得時効との関係

令和6年3月19日の裁判では、相続回復請求権と取得時効との関係について判示されました。簡略化した事案を元に判例の内容について解説していきます。

事案

Aさんが亡くなり、その相続人としてAさんの子であるXさんがいました。Xさんは唯一の相続人でしたので、Aさんが所有していた不動産を相続し、相続登記も済ませ、所有の意思をもって、その不動産に10年間1人で住み続けました。ところがある日、Aさんが残していた遺言書が見つかり、その遺言書では、不動産を含む全ての遺産をXさんではなく、甥のYさんに遺贈する旨の記載がありました。

さて、この場合、Yさんは相続回復請求権を行使して、Xさんから不動産を取り戻すことができるのでしょうか。(※分りやすくするために判例の事案とは異なり、簡略化しています。)

 

事案のポイント

問題となっている不動産は、遺言によって本来Yさんの所有となっているはずです。つまりYさんは真正な相続人として、相続回復請求権を行使してXさんから不動産を取り戻すことが考えられます。

上で解説したように、相続回復請求権には、短い消滅時効が設けられていますが、Yさんが自分が真正相続人だと知り、相続権が侵害されたと知ったのは、遺言書が発見された時点と考えられるので、相続回復請求権の消滅時効は未完成であるので、相続回復請求権自体の主張は認められるように思えます。

しかし、遺言が見つからなかった以上、Aさんは唯一の法定相続人だったので、本事案の不動産が自分のものとなったと誤解するのも頷けますし、そう誤解したことについて過失もないとすると、所有の意思をもって、10年間不動産に住み続けたXさんは、取得時効を援用することで不動産の所有権を取得できるようにも思えます。

この場合、Yさんは相続回復請求権を行使して、Xさんから不動産を取り戻すことができるのでしょうか。消滅時効完成前の相続回復請求と取得時効、どちらが優先されるのかが問題となってきます。

 

最高裁の判断

最高裁は、「表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができる」と判示しました。

つまり、Yさんの相続回復請求権の消滅時効は未完成で、権利を行使可能であったとしても、Xさんが不動産について取得時効を援用した場合には、不動産はXさんの物になるので相続回復請求権によって取り戻すことはできないということです。

その理由として、最高裁は、以下の2つの理由を挙げています。

一つ目の理由として、相続回復請求権の消滅時効と所有権の取得時効は、「要件及び効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない」し、また、「相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存しない」ことを挙げています。

つまり、簡単に説明すると、相続回復請求権の消滅時効と所有権の取得時効は、別の制度であり、法律上、どちらかが優先するとは決まっていないし、また、相続回復請求権を行使できる間は、取得時効が成立しないという法律もないということです。

二つ目の理由として、「民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにあるところ」、取得時効の要件を満たしているにも関わらず、「真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成していないことにより、当該真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられると解することは、上記の趣旨に整合しない」ということを挙げています。

簡単に説明すると、相続回復請求権には消滅時効が定められており、行使できる期間が制限されているが、その趣旨は、相続に伴う法律関係を早期に確定させるところにあるのであって、消滅時効完成前であれば、何でも取り返せるという趣旨ではないため、仮に、消滅時効完成前であれば、相続回復請求権の行使により取得時効の完成すら覆せるということになると、法律関係を早期に確定させるという、相続回復請求権に消滅時効を定めた法の趣旨に反してしまうということです。

参考:最高裁第三小法廷令和6年3月19日判決
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92826

 

おわりに

今回のコラムでは、相続回復請求権について説明するとともに、判例の内容について解説しましたが、いかがだったでしょうか。相続回復請求権は、実務上でも主張されることが稀な権利で、難しい内容であったかもしれませんが、事の発端は、「遺言書が見つからなかった」という点にあります。せっかくのこした遺言書によって、のこされた家族同士が争うことになっては、本末転倒です。自筆証書遺言を書いた際には、遺言書保管制度を利用し、遺言者が亡くなった際に予め指定した者に通知が届く『指定者通知』を利用する等の対応が重要となります。

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