第299回相続コラム 相談事例から解説する面識のない相続人が多数いる場合の相続問題の解決策-『遺言執行者選任申し立て』

相続が発生した際に必要となる手続きは多岐にわたり、その中には複雑で面倒な手続きも少なくありません。特に、相続人が多数いる場合、相続人の中に疎遠であったり、面識がなかったりする方がいる場合、手続きがより一層複雑になります。
今回のコラムでは、実際に当事務所でお受けした相談事例から、面識のない相続人が多数いる場合に、『遺言執行者選任申し立て』という手続きを行うことで、面倒な相続人とのやり取りの一切を省いた事例をご紹介したいと思います。
なお、相談事例の内容については、プライバシーに配慮し、また、わかりやすく解説するために、内容を一部改変しております。
相談事例概要
相談者Xさんは、世田谷区にある義理の父Aさんの自宅で、Aさんの介護のために同居されていた女性です。Xさんの夫Bさんは既に他界しており、Xさん夫婦には子どもがいません。
夫Bさんは、4人兄弟の末っ子で、上に3人の兄がいましたが、いずれの方も夫同様に早くに亡くなっていました。夫の兄弟の子、Xさんから見た義理の甥・姪、Aさんから見た孫は12人いますが、寝たきりのAさんの介護や身の回りの世話は、Xさんが一人で行ってきました。Xさんは、過去にAさんの介護のことで、夫Bの兄弟と言い争いになったことがあり、義理の兄弟とは疎遠でしたし、義理の甥・姪とはほぼ面識がない状況でした。
そんな中、Aさんが亡くなったのですが、Aさんは、長年のXさんの献身に報いるべく、自身が所有する自宅やその敷地といった不動産をXさんに譲る内容の遺言をのこしていました。ただ、遺言には遺言執行者の定めはありませんでした。
今回の事例でのXさんのご相談は、遺言通りにAさんの不動産を譲り受けるためにはどのような手続きを行う必要があるのか、という内容でした。
必要となる相続手続き
遺贈の登記が必要
Xさんは、Aさんから見ると義理の娘にあたりますが、義理の娘には相続権はありません。
相続権のないXさんは、Aさんの遺産を“相続”することはできませんが、遺言がのこされていたため、遺言によってAさんの不動産を譲り受けたことになります。遺言によって遺産を譲ることを専門用語で遺贈(「いぞう」)と呼びます。
遺贈によって不動産を譲り受けた場合にも、その旨を法務局に届け出て、不動産の名義変更を行う必要があります。これを専門用語で「遺贈の登記」と呼びます。
法務局では、不動産の所有者は誰なのか、その名義を登記簿と呼ばれる記録簿で管理しています。つまり、『名義の変更』=『登記の変更』というわけです。遺贈によって不動産を取得した場合にも、名義を変更するためには登記の変更が必要であり、その登記が『遺贈の登記』と呼ばれます。
なお、相続人が不動産の遺贈を受けた場合には、遺贈の登記を申請する義務がありますが、相続人以外の者が不動産の遺贈を受けた場合には、遺贈の登記を申請する義務はありません。ただし、誰に対しても自身が権利者であることを主張可能な完全な所有権を取得するためには、登記を申請する必要があります。
遺贈の登記の申請人
相談者Xさんは、遺言によって不動産を譲り受けているため、法務局に遺贈の登記の申請をしなければなりません。
遺贈の登記の申請は、遺言によって不動産を譲り受けた者と相続人が共同して行うのが原則となります。今回の事例で言うと、相談者Xさんと、Aさんの相続人であるAさんの孫12人全員が共同して申請するのが原則ということになります。
誰が相続人となるのかについては、法律で順位が定められており、第一順位の相続人は、故人の子となります。仮に故人に子がいない場合には、第二順位の相続人である故人の両親や祖父母。第一順位の相続人も第二順位の相続人もいない場合には第三順位の故人の兄弟姉妹というように、相続権は変動します。今回のケースでは、Aさんの子であるBさんやBさんの兄弟は既に他界していますが、代襲相続という制度により、子の相続権を孫が受け継ぐことになるので、Aさんの相続人は12人の孫ということになります。
面識のない多数の相続人という問題
今回の事例では、遺贈を受けたXさんは、法務局に遺贈の登記を申請する必要があり、遺贈の登記は遺贈を受けた者と相続人が共同して申請する必要があります。
しかし、今回の事例のように、代襲相続が発生しているようなケースでは、相続人の数がねずみ算式に増えてしまいますので、申請人の数も一気に膨れ上がってしまいます。
遺贈の登記を申請する際には、申請人である相続人全員の戸籍謄本や印鑑証明書等が必要となりますので、相続人の数が多いと、収集すべき書類の数も膨大な量となってしまいます。さらに、その収集の依頼を、疎遠だったり、面識がなかったりする相続人に依頼するのは心理的なハードルも高く、そもそも連絡先等を突き止めるのにも苦労することが少なくありません。
遺言執行者選任の申し立てという解決
遺贈の登記は、遺言によって不動産を譲り受けた者(これを専門用語で「受遺者」といいます)と相続人が申請人となるのが原則ですが、遺言に遺言執行者という遺言の内容を実現する者が指定されていた場合には、相続人に代わって遺言執行者が手続きを行うことになります。つまり、受遺者と遺言執行者のみで手続きを進めることが可能となります。
ですので、もし仮に今回の事例において、遺言の中に遺言執行者の定めがあった場合には、相続人の協力は不要となり、受遺者であるXさんは遺言執行者と共同して手続きを進めることで足ります。
しかし、今回の事例のケースでは、遺言の内容として、遺言執行者の定めはありませんでした。
そこで、当事務所の解決策として、家庭裁判所に遺言執行者を選任するよう申し立てを行い、その遺言執行者として当事務所の司法書士を選任してもらうことを提案いたしました。遺言執行者の定めがなかったとしても、家庭裁判所に申し立てを行うことによって、遺言執行者を後から選任することが可能であり、遺言執行者がいる状態を創りだすことが可能だからです。
今回の事例では、提案を受け入れていただき、実際に当事務所の司法書士が遺言執行者として選任されました。そのため、相談者Xさんは、12人のほぼ面識のない相続人と一切やり取りを行う必要がなくなり、また、それらの方が申請人となる場合に必要となる各種公的書類の収集も不要となりました。当事務所の司法書士とだけやり取りを行い、登記申請の手続きも当事務所の司法書士に全て任せることで、手続き的負担を軽減しつつ、安心して不動産の名義変更を行うことが可能となりました。
民法第1010条
遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。
法律では、遺言執行者がいない場合や遺言執行者として指定されていた者が辞退した場合等に、利害関係人の請求によって、遺言執行者を家庭裁判所が選任することができる旨を規定しています。遺言によって贈与を受けた受遺者も利害関係人にあたりますので、家庭裁判所に遺言執行者選任の申し立てをすることができます。なお、実際に誰を遺言執行者として選任するのかについては、裁判所が判断し決めることですが、司法書士や弁護士などの専門家を遺言執行者にする場合には、ほぼ申立人の要望通りに選任してくれるのが普通です。
■不動産を相続した場合も遺贈によって譲り受けた場合も登記の申請が必要。
■遺贈の登記の申請は、受遺者と相続人全員が共同して行うのが原則。
■遺言執行者がいる場合には、受遺者と遺言執行者が共同して登記を申請。
■遺言執行者がいない場合には、家庭裁判所に遺言執行者を選任してもらうことができる。
■遺言執行者として、登記の専門家である司法書士を選任してもらうと手続きが楽になる。
おわりに
今回のコラムでは、実際に当事務所でお受けした相談事例から、面識のない相続人が多数いる場合に、『遺言執行者選任申し立て』という手続きを行うことで、面倒な相続人とのやり取りの一切を省いた事例をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。
相続人以外の者が遺言によって財産を譲り受ける場合、その手続きを進めるのに相続人の協力が必要となることが少なくありませんので、受遺者はもちろん相続人の手続き的負担を軽減するためにも、遺贈をする際には、予め遺言執行者を定めておくことが大切になります。仮に、遺言執行者の定めがない場合でも、遺言執行者選任の申し立てを行うことで、手続き的負担や心理的負担を軽減できる場合がありますので、遺贈の登記でお悩みの方は、相続の専門家に相談することをおすすめします。
当事務所では、相続・遺言・相続登記などに関する相談を広く受けております。相談は、初回無料ですので、遺言の作成についてお困りの方はもちろん、相続についてわからないことや、お悩みのある方は、お気軽にご相談ください。
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